――まず走査型トンネル顕微鏡STMとはどのような顕微鏡なのか教えていただけますか。 分かりやすく言えば、対象である凹凸のある試料表面を、一定の間隔を保ちながら針の先でなぞって形状を描き出すのです。たとえるならば、指先で試料表面のざらつきをなぞって形状を知覚するような。 ――倍率はどのくらいですか? 環境が整えば1000万倍以上です。像をどれだけ細部まで見分けられるかという分解能の面では、試料表面に並んだ1個1個の原子を観察することができます。 先に言った「一定の間隔」とは1nm程度。「針の先」というのも、もちろん原子レベルです。針はわたしたちが実験室で作っています。 ――ナノの一定間隔はどうやってキープするのですか? STMは「トンネル現象」を利用した顕微鏡です。トンネル現象とは、量子力学が扱うミクロの世界で、量子がエネルギーの「壁」を通り抜けるという現象のことです。分かりやすいように例をあげると、たとえば断線している電線があるとします。電線が切れていれば、ふつう電流は流れません。でもその隙間がナノ程度になると検出できる程の電流が流れ出す。これはわたしたちが暮らすマクロの世界で考えられないことですが、これがトンネル現象というものです。
|
 |
――トンネル現象の原理を本当に理解するのは難しそうですね・・・。 そうですね。でもSTMの装置自体の機構は非常に簡単だと言えます。探針と呼ばれる針を走査するのですが、探針と試料表面に流れる電流を測りながら、その値が一定になるように探針と表面の間隔を調整するのです。 ――なるほど、そうすれば表面の凸凹に沿って針が上下しますね。でもそんな小さな動きはどうやって実現しているのですか? ピエゾ素子というセラミクスを用いています。これは電圧を印加すると機械的に振動、つまり伸び縮みする材料です。ピエゾ素子の先端に探針を取り付けて、試料表面に近づけて走査するのです。身近なところでは音を発するブザーや時計に使われている水晶もピエゾ素子です。 ――実験室で使っているSTMは、先生が設計を? ほとんどデザインしていますね。故障しても自分たちで修理していますから。わたしがこの研究に携わるようになった頃は、STMがまだまだ世間に知られていなかった頃。違う分野を専攻していたのですが、見えるものが原子スケールという点に非常に興味をそそられました。全然分からない装置でしたが、とにかくそれを開発しようと、そんなところからスタートしたんですよ。
|