半導体とはその名のとおり、電流が流れる導体と、流れにくい絶縁体の両方の性質を持つ物質である。電流の流れをコントロールできることから、電子デバイスに多用されている。
 コンピュータの記憶を司るIC化された半導体メモリも、重要な半導体デバイスの一つ(※1)。わずか数ミリ四方のチップをどのように作るかというと、主にシリコン基板上に絶縁膜や金属膜などの“薄膜”を何層も重ね、パターニングし、回路を作るのである。
 厚さ0.002〜1ミクロンの薄膜ではあるが、その作製は半導体の技術においてきわめて重要である。薄膜は独自の性質を持つとともに、膜同士の表面相互作用によって、デバイスの機能に大きな影響を与えるのだ。
 堀田研究室では、二つの方向から薄膜形成の基礎研究が行われている。
 「一つはシリコンの上にシリコンとは異なる材料の単結晶薄膜を成長させること(※2)。もう一つはガラスのような非晶質材料の上にシリコンの薄膜を結晶成長させることです」。
 この二つは「180°概念の異なる研究」だが、目指すところは同じく「全ての構造を単結晶(※3)で作って、新たな電子デバイスを創成する」ことである。
 

 

 半導体メモリには大きく分けてDRAM・SRAM・フラッシュメモリの3種類があり、パソコンのメインメモリには安価で高集積が可能のDRAM、速度重視のキャッシュメモリにはSRAM、デジカメのメモリカードには不揮発性のフラッシュメモリ、というように使い分けられている。
 マルチメディア時代を迎えた今、半導体メモリはさらなる大容量化が求められている。またモバイル機器の普及につれ、消費電力が小さいメモリや不揮発性のメモリへの要求も高い。
 こうしたニーズを背景に堀田研究室では“強誘電体メモリ”の実現に向けた基礎研究が進められている。「シリコン上に強誘電体の単結晶薄膜を形成します。これは全てのメモリに置き換わる究極のメモリデバイスです」(※各メモリデバイスの性能比較を参照)。
 現在、強誘電体メモリの研究は企業や大学で盛んに行われているが、ほとんどが多結晶薄膜である。「単結晶薄膜の方が良いとは誰もが思います。ですが、多結晶薄膜に比べ原子の並びを秩序正しく作らなければならない単結晶薄膜を実用化するには、時間もコストもかかり、特に利益重視の企業では敬遠されがちです。企業が手を出しづらい研究を行うのも、大学の任務の一つだと思っています」。

○強誘電体メモリ
 強誘電体とは、それに正または負の電圧をかけると、正または負の方向の分極が発生し、電圧を切ってもその分極およびそれによる電荷が残る物質。つまり電圧を切っても分極にともなう電荷、つまりデータが残る不揮発性のメモリである。
 強誘電体メモリは究極のメモリと呼ばれ、特にセキュリティや低消費電力が要求されるスマートカード、モバイル機器に効果的とされる。
 ただし、強誘電体メモリデバイスの実現にはまだ大きな壁がある。「一番の問題は、強誘電体がシリコンと混ざりやすいため、緩衝層を挟んで反応を妨げなければならないことです」。


 これは透過電子顕微鏡(※5)で見た、単結晶シリコン上に単結晶成長した緩衝層のYSZ薄膜である。
 「強誘電体は、薄ければ小さな電圧で動作しますが、薄すぎると良い結晶が得られない。我々は数10ナノ程度のスケールを考えています」。
 さらにシリコンと緩衝層YSZ薄膜との間に薄い層ができているのが分かる。「これは遷移層で酸化したシリコンです。これがあるとYSZ薄膜上にのせた強誘電体薄膜にさらに電圧がかからなくなる。またシリコンとYSZの界面が荒れていて動作が鈍くなる。この二つが問題です」。堀田研究室では、これらの問題の解決手段として、書き込み時だけ強誘電体薄膜に電圧をかける新しい動作原理の強誘電体メモリを提案している。
 
<各メモリデバイスの性能比較>
DRAM
SRAN
フラッシュメモリ
DRAM型
強誘電体メモリ
FET型
強誘電体メモリ
不揮発性
×
×
非破壊読み出し
×
×
高速書き込み
×
高速読み出し
高集積化
×
書き込み寿命
×
備考
ミリ秒程度毎の再書き込み(リフレッシュ)が必要
 
書き込みに高電圧が必要
低集積(4M程度のものは、実用化になりそう
まだまだ研究段階
DRAM:Dynamic Random Access Memory SRAM:Static Random Access Memory FET:Filed Effect Transisitor
※揮発性/不揮発性=電源を切るとデータがなくなる/データが残る。
※破壊/非破壊読み出し=一度データを読んだらデータが破壊される/データを読んでも破壊されない。
 

 

 液晶テレビやパソコンのモニタとして多用される液晶ディスプレイ。このディスプレイの画素一つ一つを制御するのに用いられているのがTFT(※6)である。市場のニーズが高まっており、さらなる高速化とコストダウンに向けた技術が望まれている。
 現在、実用化され主流になっているTFTは、ガラス基板上に形成したアモルファスシリコン(※7)薄膜から作られている。アモルファスシリコンは原子が不規則に並んでいるため、単結晶・多結晶に比べて電荷の移動がスムーズではない。では単結晶のシリコンを形成すればよいのではないかというと、「たとえば子供たちに、指示も目印もない所に整然と並びなさいというようなもので、規則的な結晶情報のないガラスなどの材料の上に、秩序ある結晶を作るのは通常無理だと考えられています」。
 これまで何人もの研究者がこのテーマに挑戦したが成功しなかった。「それを何とかしたいというのがこの研究を始めた動機。ただいきなりガラスの上に単結晶をつくるのは無理なので、少しずつメカニズムを探っていきたいと思います」。
 非晶質基板上に単結晶の薄膜が得られれば、基板材料の選択の幅も広がり、デバイスの性能向上やコストダウン、あるいは新たなデバイスの誕生につながると考えられる。
 「たとえばTFTが作りこまれたビニールシートが、ディスプレイとして使えるようにもなるでしょう」。

○ガラス基板上に単結晶成長させたシリコン薄膜
 堀田研究室では現在、単結晶の形成を将来的な目標におき、ガラス基板上にシリコン薄膜を結晶化させる基礎研究を進めている。アモルファスシリコン薄膜よりも高速動作ができる多結晶シリコン薄膜を形成する方法として研究開発の主流になっているのは、ガラス基板上に形成したアモルファスシリコン薄膜全体をパルスレーザーで加熱し、溶かして固める方法だ。
 「温度の低い位置に結晶核ができ、そこから結晶が成長していきます。成長している結晶がぶつかると、粒界と呼ばれる境目ができ、電子の流れが遅くなってしまいます。粒界がないように、あるいは電子が流れるところに粒界ができないように制御して、大きい結晶を作りたいのです」。
 そこで堀田研究室では、直線偏向のパルスレーザーで膜を縞状に加熱することで、粒界位置を制御している。(イラスト参照)
 「この現象のメカニズムはまだよく分かっていませんが、レーザーによって物質の表面に縞状の周期的な温度分布ができるからだと考えられます。生産性、コスト面においてもこの方法は有利だと考えられます」。
 粒界をエッチングにより顕在化した試料から得た走査型電子顕微鏡(※8)の像からは、この技術による結晶の成長が見てとれる。



 「おおまかに周期幅550nmの粒界が形成されています。比較的大きく結晶化していますが、細かく見るとまだ縦横に粒界が走っており、完全に結晶化過程を制御しきれているとはいい難い。これらはこれからの課題です」。
 この他にもさらに、より低温でシリコンの薄膜を結晶化させる手法の確立に向けて、薄膜形成の制御要素として今まであまり注目されていなかった電界・電荷が薄膜の結晶成長に与える影響に着目した基礎研究も行われている。
 「困難だからこそ究めたい」という堀田助教授。実用化にはまだ時間が必要だが、次世代のデバイス創成を睨み、確実にその基礎を打ち立てている。

 



──学生の方にはどのような指導をされているのですか?
 学生によく言っているのは、得られたデータをいいかげんにしないで深く考えて、学問にしなさいということです。そして自分を含めて物事を客観的に見る、ということです。
──こうした分野の研究は実用化に時間がかかりますから、いろいろと難しいこともあるのでしょうね。
 研究には壁がつきもの。乗り越えるためには根気と努力が必要です。そしてたとえ失敗しても妥協せず、失敗した理由を突き詰めて論理的に説明することですね。ときには叱咤激励するのも私の仕事です。もちろん学生は教師の背中を見て育ちますから、自分の姿勢も正さないと(笑)。

──研究室のホームページを拝見すると、修了生からのメッセージが面白いですね。研究室の雰囲気が表れていますし、研究職に就いた方の悩みや現状が理解できます。
 若い研究者の生の言葉ですから、学生にとっては興味深いものだと思います。ひとつアドバイスとして、学生には自分の能力に合った仕事に就いてほしい。背伸びをするよりも、自分に合った仕事を一生懸命にやることが人生において重要なのではないでしょうか。
──では先生の教育ポリシーを。
 私は学生の能力を伸ばしてあげることが教師の仕事だと思っています。そして研究室を修了するときには「精一杯やってきた」という実感を持てるような指導を心がけています。
 
実験・研究風景
新素材センター・クリーンルームでは、非晶質基板(ガラス基板)上にシリコン薄膜を結晶化させる実験が行われている。
試料をマニュピレータで上下左右に動かし、適切な位置に調整する。電子ビーム、あるいはK-セル(※9)を用いた蒸着装置によりシリコン粒子を堆積させながら電界・電荷を加え、シリコン薄膜の結晶化を促す。 試料に照射するレーザーを調整し、ガラス基板に堆積したアモルファスシリコン薄膜の結晶化を試みている。目の安全のためレーザー操作中はゴーグルを装着。
 
  材料科学研究科 助教授
堀田 將(ほりた すすむ)
1959生 金沢大学工学士(1982) 東京工業大学工学修士(1984) 東京工業大学工学博士(1987)
<略歴> 金沢大学工学部助手(1987)、同講師(1988)、同助教授(1992)、 北陸先端科学技術大学院大学(1994-)
<専門> 電子デバイス、固体電子物性、薄膜の結晶成長


「困難だからこそ究めたいという気持ちがあります」