■ 研究概要
このような修復作業を手作業で行うには専門的技能が必要となり, 多大な労力と 時間を要する. そこで, 本研究ではコンピュータを用いた, 画像復元処理の自動 化を試みる.
近年, この画像復元処理の自動化に向けて様々な研究が行われている. 偏 微分方程式を用いて構成されるSapiroらのInpaintingアルゴリズムは, 損傷領域の初期画像に対して, 周囲の画素値を境界条件とし, 輝度勾配の連続性を保ちながら平 滑化を繰り返していく. このアルゴリズムは画像の構造が再現されるという利点 があるが, 平滑化処理のためテクスチャパターンの再現性が悪い. また, Weiら は境界制約条件付きのテクスチャ合成手法を提案している. これはテクスチャの定常性と局所性に基づくものであり, ガウシアンピラミッドを用いて非因果的システムを構成し, 類似画像を画素ごとに複写する手法である. この手法は, 広範囲のマスク領域に適応でき, かつ複雑なテクスチャを再現できるという利点があるが, テクスチャ画像以外の一般的な画像についての適応は, 考慮されていない. 天野らは, パターン認識における固有空間法を用いた画像推定法 を提案している. この手法は, 画像全体を一つの固有空間で再現しており, 高精 度な推定を行うためには, 対象画像に強い自己相似性が必要となる.
これらの先行研究とその問題点を踏まえて, 本研究の目的を設定する. 本研究の 目的は, 一般的な画像を対象とし, テクスチャパターンを再現できる, 高精度な 画像推定法を構成することである.
一般的な画像を推定対象とするためには, 多くの実画像が有する 性質を利用して画像推定を行う必要がある. 画像のマルコフ性とフラクタル性は 多くの画像が有する性質であり, これらの性質に基づいて損傷部分の画像推定手 法を提案する. 本研究で新しく提案する画像推定手法を, フラクタル画像推定法 (Fractal-based Image Disocclusion : FID)と呼ぶことにする.
フラクタル画像推定法の処理はつぎのようになる. まず, 損傷部分の周囲の画像が類似し た小領域の画像の組を, 画像の全領域から切り出す. これらの画像は, 画像のフラク タル性とマルコフ性から, 損傷前の画像を簡単に推定したものと見なすことができる. そのため, これらの画像の組で張られる低次元な部分ベクト ル空間は, 損傷する前の画像を十分に表現できると考える. 本研究では, 推 定解の探索空間をこの部分空間に限定して画像推定を行うことを提案する. こう することによって, 違和感のある画像を推定してしまうことを防ぐことができる. フラクタル画像推定法では, 損傷部分の周囲が類 似している画像を, この部分空間から選択して, それを推定解とする. 提案手法 は, 行列演算で一意に推定解を得ることができ, コンピュータへの実装が容易で ある. フラクタル画像推定法に関する行列演算を導出するために種々の定理を導 く.
実画像を用いて実験を行ったところ, 提案手法の有効性が確認できた. 特に本手 法の推定画像は, テクスチャパターンが良好に再現されており, 先行研究の天 野らの手法を用いて推定した画像に比べて, 視覚的な違和感が低減し, かつ原画像と の平均二乗誤差は減少した.
人の色知覚特性は, 明度と彩度の分解能が異なっており, 彩度よりも明度の 分解能は相対的に高い. そのため, 画像の類似性を評価する際は, 明度の類似性が 重要になってくる. このことを考慮して, 視覚的類似性評価モデルを相対的に明 度が重要となるように変更する. その際に, 明度と彩度の表現に適したLab表色系を用いた.
実画像を用いて実験を行ったところ, 色知覚特性を考慮することによってフラク タル画像推定法の推定画像は, 視覚的な違和感が低減することを確認した.
実画像を用いて実験を行ったところ, 罰金付きフラクタル画像推定法は, 先に提案 した手法に比べ, より自然な画像を推定することができた. また, ペナルティ関 数の影響が強くなるに従い, 推定画像と原画像との平均二乗誤差は, 大幅に低減することを確認した.