近年,フォトリアルなコンピュータグラフィックスの生成技術は,実写と見分けがつかないほど現実感が増しつつあり,映画・コマーシャルフィルムをはじめとする新しい映像の分野での需要が高まっている.フォトリアルなコンピュータグラフィックスを生成するために,モデリング・シェーディング・アニメイションという処理が必要となり,シェーディングを行うために入射光と反射光の関係(Bi-directional Refrection Distribution Function:BRDF)が必要となる.このBRDFを得る一手法として,物体表面の微細構造から計算する手法が提案された.この方法は,ある物体の正確な微細構造が得られるのなら,その物体のBRDFは正確に計算できる手法と言える.また,物体の個体間における微細構造の違いや,物体の変形,例えば成長変化による微細構造の変化を調べることで,BRDFにも個体差・生長特性を与えられる手法である.しかし,この手法には,ある物体表面の微細構造をどうやって得るかという問題が出てくる.その一つの解として,測定したBRDFから微細構造を求めることを考える.
本研究は,測定したBRDFを用いて微細構造を推定し,その微細構造を変形させることで個体差・生長特性を与えられるシェーディングモデルの構築を目的とする.測定値を用いることで,測定誤差内で精確な微細構造を得ることを期待できる.まず,微細構造からBRDFを求めるモデル化・定式化を行う.この定式化によって,BRDFから微細構造のみによって得られるBRDFと,その他のBRDFを分ける.次に,推定する微細構造のモデル化を行い,これを基にBRDFから微細構造を生成する方法を提案する.本研究の目的である,正確なBRDFを再現できる微細構造を推定するために,微細構造がそれ自身に影を作る,シャドウィング・マスキングを正確に再現しなければならない.そこで,BRDFから,シャドウィング・マスキングを起こすBRDFを得て,これを基に推定を行うことで,正確なBRDFを再現できる推定法を構築する.また,提案手法の性能・適用範囲を調べるため,特定の微細構造を用いず,ランダムに生成した微細構造を真値として,確率的に推定実験を行う.汎用性を得るためには,全ての微細構造について調べなければならないが,それは不可能であるためランダムに生成することで,確率的に汎用性を調べる.さらに,この生成した微細構造に対し,サンプリング数・ノイズなどの条件を加えて提案手法を適用することで,一意性・安定性などの性能を検討する.最後に,実対象のBRDFを測定し提案手法を適用する.
提案手法として,シャドウィング・マスキングの定式化を行い,シャドウィングの項だけを取り出す方法を示し,その項を基に推定を行う方法を示す.微細構造からBRDFを求める問題に対し,本研究で扱うBRDFから微細構造の推定は逆問題であり,一意性の問題を議論しなければならない.提案手法では,必ず一意に定まる保証はなく,一部の微細構造では一対多対応となった.しかし,複数の微細構造から同じBRDFを再現できればよく,目的とするシェーディングモデルには問題が無いことを示す.また,安定性に置いて,BRDF・BRDFの方向などにノイズを加えて推定を行った結果,解は発散せず安定した解が得られたことを示す.実対象においてBRDFの測定の考察を示す.最後に,提案手法を用いたシェーディングモデルを示し,有効性を示す.