昨年(2005 年)の 7 月 18 日〜 21 日, 仙台にて行われた会議の報告をさせて頂きます.
この会議は, 2つの特定領域研究(特定領域研究とは, 文部科学省が管轄する科学研究費補助金 による大きな研究プロジェクトのこと) 「新世代の計算限界 (代表:岩間一雄教授,略称 NHC)」と 「確率的情報処理への統計力学的アプローチ (代表:田中和之教授,略称 SMAPIP)」の共同開催という形で行われました. この2つは, 現在走っている特定領域研究の中で, 情報分野で理論を中心に研究を行っている唯二(?)のグループです (注:SMAPIP の方は今年3月で終了).
それぞれ, 情報処理を理論的に研究している人たちのグループですが, NHC はコンピュータ・サイエンス系, SMAPIP は統計力学系,とかなり違った文化を持った人たちの集まりです. そこで今回, 両者に共通の話題である「ランダムネスと計算・アルゴリズム」をテーマに, お互いの考え方や手法,結果を披露し,意見を交換する場として, このワークショップを企画しました. 技術的な講演の他に, NHC, SMAPIP の両方からチュートリアル講演者を 2 名ずつ出して頂き, 他分野の聴衆を意識してチュートリアルを行って頂きました. また, チュートリアル講演後, ポスターの前で質問を受けるセッションを設け, この機会に多くの方々が対話的に質問できるように工夫しました. 全部で 4 日間と少々長い日程でしたが, 学生の皆さんを含め 110 人程度の参加者のうち, かなりの方がほぼ全日程に参加して下さり, 議論なども盛り上ったと思います.
ワークショップの主催者の1人に名を連ねさせて頂きましたが, 実際の切り盛りは, ほとんど,もう一人の主催者の田中和之先生にお任せしてしまいました. また, チュートリアル講演に予定していた方などが, ご都合で急遽キャンセルになり慌てたのですが, 徳山先生に助けて頂きました. この両先生,ならびにお手伝い頂いた東北大の学生の皆さんには, この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います.
なお,詳しい資料や写真などは, 文末に記した会議のホームページを参照して下さい.
以上で,まっとうな報告は終わりです. 以降は, かなり独断と偏見が入った「感想」を述べたいと思います.
先ほど述べたように, NHC と SMAPIP は,多少,文化の違う研究者の集まりです. もちろん, どちらもアルゴリズムや計算を理論的に研究しているという点では同じですし, 対象としている題材にも,SAT 問題,グラフ,学習など, 共通なものが少なくありません. けれども, どちらのグループにも, お互いに相手のやっていることを「難しい」と言う人が結構います. なぜなのでしょうか?
もちろん, 同じ「難しい」でも色々な意味があります(「何でこんなことをやっているの, 私にはおもしろくない」 という気持ちを婉曲に表現して 「難しいので私には」 と言っている場合もあります. まあ,そういう誤用(?)は,ここでは除外しましょう). 積分記号がバンバン出てくるので 「これは大変」という気持ちを「難しい」と言っている場合があります. 記号の使い方の違いなど, かなり表面的な違いに抵抗感を感じる場合です. これは,少し勉強すれば克服できます.
けれども, SMAPIP の仲間にも入れて頂いて(コウモリのようだな), もう少し深いところにも「難しい」と感じるものがあることがわかってきました. たとえでいえば, 統計物理の発表は合気道の試合のようなもの. それに対し, コンピュータ・サイエンス(CS)は, K-1(あるいはプライドと言うべきか)の試合のようなもの,といえるでしょう.
合気道の方は,型にはまれば,流れるように技が決まります. よくわからない人が見ると, 何をどうして,どうやったから,人が飛んで技が決まるのかがわかりません. 統計物理的なアプローチでは, 様々なことを「物理現象」という型に入れて料理するのです. たとえば, SAT 問題を解く局所探索アルゴリズムの動きを, 磁性体モデルにおける分子のスピンの変化の枠組みでとらえ, 多体スピン系の解析技術を駆使して,その振る舞いを解析するのです. CS人は,その解析技術に圧倒されます. ただ,それはまだ表面的なことです (もちろん,解析手法に慣れることが重要ですが). もう少し本質的なのは「物理的な直感を働かせて」物を観るという姿勢です. この直感が甘いと, 式だけを(たとえ追えたとしても) 何でこういう議論になるのかが,わからなくなってしまうのです.
一方, CSは「何でもあり」の異種格闘技の世界です. 物理的な意味など一切無視してアルゴリズムを組んでも構わないし, そのために, いろいろな技法が登場してきます. そのため, 直感的な説明も必要ですが, 最終的には注意深い論理の積み上げが重要になります. 物理屋さんは, それらに何とか物理的解釈を当てはめようとするのです. その解釈を考えているうちに, 論理が先に進んでしまって発表が終わってしまい, 「ああ,よくわからなかった」ということになってしまうようです.
さて, あくまでCS人である渡辺は 「物理的直感に異議あり!」という気持ちで SMAPIP に乗り込んで行きました. 物理的な解釈だけで観ていては, 大切なことを見逃したり,あるいは誤って理解してしまう恐れがある, と主張したかったのです. けれども, 幸か不幸か,優れたアルゴリズムの多くは, かなり自然な動きをするのです. もちろん, 人工的な細かな工夫が必要な場合もありますが, 基本となるものは,多くの場合,自然です. まあ,だから人間が思いつくのでしょうか... というわけで, 乗り込んでいったはいいが, 尻尾をまいてお勉強させて頂いた,という結果になりました. 自然は奥が深いです!
ただし, これは私のアルゴリズムについての勉強が足りないからでしょう. 物理的には不自然で, しかも基本的できれいなアルゴリズムがあるかもしれません. また, そのようなアルゴリズムが,これからどんどん出てくるかもしれません. CSの面目躍如といったアルゴリズムを開発したいですね.
新世代の計算限界 (NHC) | 確率的情報処理 (SMAPIP) |
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渡辺治(東京工業大学, Co-Chair) | 田中和之(東北大学, Co-Chair) |
徳山豪(東北大学) | 樺島祥介(東京工業大学) |
田中利幸(首都大学東京) | |
西森秀稔(東京工業大学) |
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