ディスカッション目的のワークショップ

浅野哲夫
北陸先端科学技術大学院大学

昨年の9月に上原さんが私と同じ講座に移ってこられ、最初に頼まれたのが会 誌への記事ではなかったかと思います。挨拶が大嫌いの私ですので、LA会誌 に記事を寄せることも躊躇する気持ちがありますが、少しでも同僚のお役に立 てばと思い、筆を取りました。上原さんの了解を得て、最近私がやたらと開い ているワークショップのことを書くことにしました。色々な偶然が重なって、 今年3月にJAISTで開いた特定研ミニ集会を皮切りに、今年はディスカッショ ン目的の国際ワークショップを4月、5月、8月と3回も開くことになってい ます。シンポジウムという言葉は、一緒に酒でも飲んで語り合おうというのが 語源で、ワークショップというのは一緒に何かを作ろうというのが語源ではな かったかと思います。ただ、何も調べずに私のあやふやな知識にのみ基づいて 言っていることですから、ガセネタかも知れません。

3月の特定研ミニ集会では、open problemを持ち寄って皆で一緒に考えましょ うという企画でした。JAISTで開いたので、浅野、上原、元木の3人はもちろ ん出席しましたが、他に東工大の渡辺さん、京大の堀山さん、国立情報学研究 所の宇野さんと学生の清見さんの合計7名で幾つかの問題にチャレンジしまし た。問題に対してそんなアプローチがあるのかと参考になりました。

4月の国際ワークショップですが、これは国際会議で計算幾何学では泣く子も 黙るPankaj Agarwal(Duke大学)が、久しぶりに日本に行きたいけれども、チェ アマンをしているので理由がないと難しいという話だったので、彼をキーノー トスピーカとしてワークショップを開くことにしました。もちろん、体裁を整 える必要もあったので、他にも声をかけました。計算幾何学のことをご存知の 人なら名前に聞き覚えがあると思いますが、Micha Sharir, Raimund Seidel, Emo Welzl, Janos Pach, Jiri Matousekが参加してくれました。他に日本から は、加藤さん、玉木さん、徳山さんに参加して頂き、非常に豪華な顔ぶれとな りました。Kurt Mehlhornも来ることになっていましたが、直前にインフルエ ンザに罹り、来日を断念しました。結局、主客のPankaj Agarwalは都合がつか ずに来日できませんでしたが、少人数で親しく話ができたのは幸いでした。ワー クショップのスタイルは、とりあえず全員が最近の研究と未解決問題を紹介し て、その後は自由に議論を進めるというものです。誰かが糸口を見つければ、 全員でしばらく考えて見て、進展が見られなくなれば次の問題へ移るというも のです。今回は3日間ということもあって、具体的な成果を得ることはできま せんでしたが、1時間ほどかけて計算幾何学の将来、何を研究すべきかについ て意見を交換できたことは個人的には最大の成果でした。

5月にもカナダから参加者を中心として同様のワークショップを開きました。 JAISTの近くの「まつさき旅館」という温泉旅館に泊まりこんでのワーク ショップです。当然のことながら、全員、日本食と温泉が好きでたまらないと いう連中です。7年程前にも同じ場所で同じようなワークショップを行いまし たが、真っ白なシーツを襖にかけて、そこにプロジェクタで映像を投影してディ スカッションをするという形式で、たまには寝転がって話を聞くのもいいもの です。前回と違うのは、一人がタブレットPCを持っていたので、フリーハン ドで図を描いて示すこともでき、ホワイトボードがなくても大丈夫だったこと です。メモも残せるし、いいものです。

8月にも同じようなワークショップを計画しています。今度は20人が参加す る予定です。今年が9回目で、最初に韓国で開かれたのでKorean Workshopと 呼ばれています。午前中は誰かが話をして、午後はフリーにディスカッション をするという形式が続いています。こちらの方はメンバーも固まってきて、幾 つか共同の成果も出るようになりました。

このようなディスカッションベースのワークショップに興味を持つようになっ たのは、ドイツのOberwolbachの数学関係のセミナーハウスや、Dagstuhlにあ る情報関係のセミナーハウスでの同様のワークショップに参加するようになっ てからです。どちらも田舎にあって、3食と午後のケーキがついているのが特 徴です。もちろん、テレビもラジオもありません。Dagstuhlには夜にお酒を飲 むスペースがあって、遅くまで騒いでいます。ここのワインセレクションは中々 の人気で、お土産に持って帰る人も多いと聞きます。とにかく、チーズなどを 食べながらワインを飲み、大いに語り合ってこそ親しくなれるというものです。 1年に2度もDagstuhlでのワークショップに参加したことがありますが、親し く話ができるという点において他のどの国際会議にも勝っていると思います。

Dagstuhlセミナーハウスは、情報関係のワークショップを行うために、情報関 係のマックスプランク研究所があるザールブリュッケンの近くに作られた施設 です。1週間ごとに違うワークショップが開かれています。大体、日曜日にやっ てきて、金曜日が最終日というのが典型的なパターンです。昔はお城だったと ころで、旧館と新館からなっています。全部で50人以上が泊まれるだけの宿 泊施設があり、全員泊り込みで朝から晩まで語り合うのが伝統です。朝食は自 由に食べますが、昼食と夕食のときは、名札のついたナプキンが毎回シャッフ ルされて置かれるので、いやでも違う人たちと食事を一緒にすることになりま す。これも楽しみの一つですが、最初は食事のときの英語についていけず、苦 労しました。研究の話なら何とかき聞き取れても、世間話になると急に分から なくなり、ついつい理解していないのに一緒に笑ってしまったりしてしまいま す。

このDagstuhlセミナーハウスはアルゴリズムのコミュニティーに大きな影響を 与えていると思います。普通の国際会議だと、そこで一緒に話をしようとする と会議をさぼらないといけませんが、Dagstuhlでは午後は自由討論に充てられ ることが多いので、共同研究の機会は幾らでも作れます。後は思い切って共同 研究を持ちかけるだけの度胸をもつことだけです。

Dagstuhlは確かザールランド州が管理している組織だと思います。一度 Mehlhorn教授の自宅で開かれたパーティーで責任者の教授にお会いしたことが あります。1年を通して週単位のワークショップが開かれていますが、大雑把 に言って2種類のワークショップがあります。一つは補助をもらうもので、人 数も30人以上ぐらいの規模が多いようです。ワークショップのオーガナイザ はワークショップの趣旨を記したものと、招待者のリストを用意して事務局に 提出します。厳重な審査を通れば使用許可が出ます。このとき、オーガナイザ は滞在費が無料になりますが、その代わり全体のミーティングのときにワイン を振舞うことになっているようです。この正式なワークショップのほかに、宿 泊に余裕があれば並列で小規模のワークショップを開催することができます。 この場合には、オーガナイザの特典はありませんが、審査もゆるいので、空き があれば認められるようです。ただ、補助がないので、滞在費は少し高くなる ようです。と言っても、確か1週間で3万円程度しか払わなかったような気が します。ドイツ人でなくてもオーガナイザになれるようですが、オーガナイザ の一人はドイツ人でなければならなかったように思います。

Dagstuhlの魅力は、まず田舎にあること、3食ケーキつきであること、議論を するための場所が豊富にあること、各参加者に快適な個室が割り当てられてい ること、図書館が併設されていること、夜の議論のためにワインを始めとする 各種アルコール飲料が揃っていて、飲んで騒げる部屋が設けられていること、 近くに歩いていける風光明媚な場所があること(昔の城砦址)、等などです。 誰かが言っていましたが、いっそのことインターネット接続ができないように すれば、もっと集中できるのかもしれません。

世界的に見て、Dagstuhlと同じようなセミナーハウスを持っているところが多 数あります。オランダのユトレヒト近郊でKorean Workshopを開いたことがあ りますし、最近ではシンガポール政府が新たなセミナーハウスを作って第二の Dagstuhlを目指していると聞きました。カナディアンロッキーの麓のバンフに もセミナーハウスがあるようです。一度ワークショップをやろうと、今年皆で 確認しあったところです。他の国にも同様のセミナーハウスがあるようですが、 その点で日本は遅れているようです。関東にセミナーハウスがありますが、雰 囲気はやはりDagstuhlには敵わないようです。日本にもDagstuhlに引けをとら ない施設ができればといつも願っています。JAISTの近く、と言っても白山の 麓なので車で1時間ほどかかりますが、公立のセミナーハウスがあり、宿泊の 他、立派な会議室もあります。20人ほどで貸切もできるようなので、それ位 の人数であれば、Dagstuhlと同じような雰囲気でディスカッションに花を咲か すこともできるのではないかと思います。探せば、同じような公共の宿泊施設 が沢山あるのではないでしょうか。そんな場所を開拓するのも面白いなと感じ ています。


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Last modified: Wed Jul 20 16:52:54 JST 2005
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