研究者とは,二つのものを思いつかなければならない. 一つは「問題」であり,もう一つは「解」である. したがって,よい研究者というのは「よい問題」や「よい解」を思いつく人であろう. ではこうした「よい問題」や「よい解」は,どういうときにヒラメクのだろう. 私は必ずしも「よい問題」や「よい解」ばかり思いついたわけではないけれど, 「変わった問題」や「変な解」は,わりと思いついているように思う. 特に最近は,例えば「飛び出す絵本はNP困難」とか,「じゃばら折りを高速に作るアルゴリズム」とか, ぱっと見るとマッドサイエンティストになっちゃったのかと 誤解されかねない(今回の夏のLAでも「折紙の計算不能問題」という, かなりマッドサイエンティストのニオイが漂う話をしようと思っている. 念のために言っておくと,計算モデルに関するわりと真面目な話(?)である.)研究に,わりとハマっている. せっかくのチャンスなので,こういう「変」なことをどこで思いつくのか,秘訣をこっそりとお教えしよう. もちろんそれで「よい」研究者になれるかどうかは,保証の限りではない.
古来,文章を練るのにもっともよく考えがまとまるという場所が三つあり, 「三上」と呼ばれている.具体的には,厠上・枕上・馬上である. 要するにトイレに入っているときと,寝ているときと,馬に乗っているときである.
私はトイレにはあまり長居しない.だいたい当面の問題を解決するのに忙しくて, 考えごとをしているヒマはない.そんなわけで,私の場合には「厠上」は,あてはまらない. でも washroom と連想を広げると,風呂を代わりにつけ加えたい. 風呂の中では,よく問題を考えていたり解を考えていたりする. ときにはとてもよいことを思いつくこともある. もしかしたら「三上」の「厠上」の厠には,風呂も入っているのかもしれない.
図1:Super IQ.一見,簡単そうだが |
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とてつもなく難しい. |
解けない人は何ヶ月やっても解けない. |
でも解けると,とてつもなくうれしい. |
さて最後の「馬上」である.最近は馬で通勤・通学する人も珍しいだろうから, これが当てはまる人はなかなかいないと思われる. そこでお薦めしたいのが「自転車上」である.私は金沢市内からJAISTまで, 片道18km程度の道のりを自転車通勤している.(もちろん天気が悪いときはいさぎよくあきらめる.) この上で私はよく考えごとをしている.車やバイクだと危険なのでお薦めしないが, 自転車だと,わりと考えごとができる. 体を動かして汗をかいているので血のめぐりもよく,また頭はヒマなので,考えごとに向いているのだと思う. 余談だが,ローラー台の上で自転車を漕ぎながらアクションゲームをやると, 普段よりもずっと簡単にゲームをクリアできるそうだ.たぶん新陳代謝が高まっているので, 反射神経も鋭くなっているのだろう.「どうしてもあの面がクリアできない」と 行き詰まっている人は,覚えておくとよいだろう.
図2:変数ガジェット. |
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図3:一見不可能に見える折紙. |
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作りかたはもちろん秘密である. |
図4:カメラ目線の特別天然記念物. |
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(本当に上原撮影) |
さて三上については,もうよいこととしよう. しかしここで,無い袖は振れないということを忘れてはいけない. 頭が空っぽでは研究のしようもない.頭の中に普段から素材を貯めておくことも重要だと思う. 特に「新しい問題を考える」というのは,問題を解くのとは別の意味で難しい部分がある. なんら新しい素材を蓄えることなくして,新しい問題を思いつくことは難しいだろう. もちろん机に向かうことがもっとも重要であることは言うまでもないが,私の場合は, 手と足を積極的に使って素材を集めているように思う.
まず「足」である.「最近出張が多い」と上で書いたが,いろいろな国際会議に行くことにしている. 最近は「数人のグループで書く論文」が増えている. ここでいうグループとは,同じ大学の教授・准教授・助手・学生といった階層的なものではなく, いろいろな大学の同レベルの研究者グループをさしている. こうしたグループで上手にコラボレーションすると,単なる人数分以上のものをもつ論文が生まれる. もちろん自分の名前の入った論文の数もぐっと増える.しかしこうしたグループは一朝一夕でできあがるものではない. いろいろな機会に少しずつ自然発生的に生まれていくものである. こうしたグループにうまく入り込むには,やはり足が必要であろう.前回のLAの会誌で 電通大の山中さんが「伊香保温泉の列挙合宿」を取り上げていたが,こうした機会を見つけて, 積極的に生かすことが大切であろう.
図5:おばけ煙突.見る方向によって本数が変化する. |
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図6:不可能物体. |
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これはもはや博物館級. |
一番下には「5円玉に |
木の矢が刺さったもの」 |
が入っている.もちろん |
ビンの口は5円玉より細い. |
さて最後に「じゃばら折りを高速に作るアルゴリズム」の研究 [CDD+10a] の裏話を披露しよう.これは2009年の冬のLAで発表して「LA/EATCS発表論文賞」をいただいた論文である. 著者がたくさんいるのは,あちこちの研究会で発表するたびに,聞いた人が次々に結果を改善して参戦してくれたおかげである. そういう意味ではグループで書いた論文ともちょっと違う.個人的には, 2008年の CCCG の Open Problem Session でこの話をしたときに, あのロン・グレアム(Ron Graham)に「いい問題だねぇ」と褒められたことが忘れられない. また,このテーマは意外な広がりもあり, 派生した問題も別途論文になりつつある[Ueh10a][Ueh10b]. なかなかよいテーマであった. この問題を思いついたのは,実は自転車の上ではなくて,コンピュータのキーボードの前である. ある日「なんか純粋に『手間』だけが問題になる折紙の問題はないかなぁ〜」と考えながら, キーボードの前で紙切れをいじりながら,ふと思いついた問題なのである. まさに『手』で思いついた問題と言えよう.こういうタイプのヒラメキには,残念ながら説明できるコツはない.
図7:ライブキューブ.これがあると |
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立方体が単位のものは大抵作れる. |
なお,本稿の図5の写真は,足立区の歴史博物館から使用許可をいただいた. また図6については, 「不可能物体ぎゃらりぃ」を管理されている kiyori さん本人から直接現物をいただいた.感謝します.ホントにうれしいです.
[CDD+10a] J. Cardinal, E. D. Demaine, M. L. Demaine, S. Imahori, T. Ito, M. Kiyomi, S. Langerman, R. Uehara, and T. Uno. Algorithmic Folding Complexity. Graphs and Combinatorics, accepted, 2010.
[CDD+10b] D. Charlton, E. D. Demaine, M. L. Demaine, V. Dujmović, P. Morin, and R. Uehara. Ghost Chimneys. In 22nd Canadian Conference on Computational Geometry (CCCG), pp. 63-66, 2010.
[DDU10] E. D. Demaine, M. L. Demaine, and R. Uehara. Any Monotone Function Can Be Realized by Interlocked Polygons. In 22nd Canadian Conference on Computational Geometry (CCCG), pp. 139-142, 2010.
[Ueh10a] R. Uehara. On Stretch Minimization Problem on Unit Strip Paper. In 22nd Canadian Conference on Computational Geometry (CCCG), pp. 223-226, 2010.
[Ueh10b] R. Uehara. Stretch Minimization Problem of a Strip Paper. In 5th International Conference on Origami in Science, Mathematics and Education (5OSME), 2010.
[UT09] R. Uehara and S. Teramoto. Computational Complexity of a Pop-Up Book. In Origami4, pp. 295-304. A K Peters Ltd, 2009.
Last modified: Fri Nov 12 23:33:06 JST 2010
by Ryuhei Uehara (uehara@jaist.ac.jp) |