基礎科学をなぜやるのか?

1.子供の心

 人類はなぜ基礎科学、すなわち純粋な物理、化学、生物学という分野を設けて、 そのあくなき追求をしているのでしょうか?それが必ず役に立つからという理由 でしょうか?もし、役に立つからという理由だけであったら、例えば 「役に立たない」はずの天文学に あれだけ多くの優秀な人材が集まってその貴重な能力を投入しても、なぜ人類は 無駄と思わないのでしょうか?やはり 役に立つからという理由だけではないと思います。冥王星の外側に新しい惑星がみ つかったという研究成果が発表されれば、無条件にそれは面白いし多くの人が感動 と興味を覚えます。やはり基礎科学そのものを人類は欲しているのです。
 このことについて、私は最近、子供を見て次のようなことに気がつきました。 「基礎科学は子供の心なんだ」と。つまり、子供、特に小さい子供は自分の知らない ことを知りたい、試したい、不思議なことの理由を知りたい、と何の疑いもなく、あ きることなく思い、追い続けます。 そのパワーはすごいものがあります。お月さんはなぜ自分と一緒に走るのだろうか と考えながらずーっと走り続けたり、器の上に写っている電灯の実像をなんども なんども手ですくおうとしたり。多分、この「子供の心」はわれわれの遺伝子に 書き込まれた、人類発展のための重要なfunctionなのであろうと思います。われわ れはおとなになって、この強烈な「子供の心」を忘れてしまいかけているけれ ども、基礎科学を志している人は、本能的にそれを持ち続けたいとか、思いだし たいと思っている人なのではないでしょうか?
 そういえば、こどもは純粋な目をもっていると、よくいいます。基礎科学者も 純粋な目をもたなければ新しい発見はできません。是非、研究をやる時は、 純粋な目と「子供の心」で挑んで欲しいと思います。

2.国威を表すための科学

 でも、基礎科学にどうして各国の政府がお金をだすのか、というと話は少しちがいま す。ヒトという動物が上のような理由で基礎科学を望んでいても、経済的理由はまた 別問題だからです。
 基礎科学、特にBig Scienceに国からお金がでるのは、究極的には国威の発条となる ことが理由であると思います。平たくいうとオリンピック選手に国が強化資金を だすのと似ています。アメリカが冷戦時代に宇宙開発をやっきになって行なった のは、ソビエトよりも進んだ国である、ということを示したかったのが主たる 理由であることは有名です。われわれも日本の人工衛星打ち上げ技術が進んで 世界と肩を並べたと聞いたら、ちょうど日本のサッカー チームがオリンピックで善戦したときと、同じ喜びを感じると思います。一方で、 例えば、世界のスポーツ選手を平等に強くする施設を作ろうというアイデア があっても、各国は自国の選手だけが強くなるわけでもない、そんなものには お金をださないだろうということが想像できます。スポーツにおいては、各国は、 他国をだしぬかなければ、意味がないのです。これと似た例が基礎科学の世界にも ありました。先頃、アメリカのSSCプロ ジェクト(大きな素粒子加速器のプロジェクト)をアメリカの議会が中止させた のは、それが各国の共同プロジェクトになってしまい、ある意味で、アメリカのみ の国威を示す役割を失ってしまったからではないか、と思います。
 ですから、国が大切な税金を基礎科学の研究者にくれるのは明確な理由があるのです。研究に予算をもらったならば、必ずや日本、あるいは少なくとも JAISTの威厳を発条するような研究をしなければならないのです。

3.基礎研究と応用研究のバランス

 それでは、基礎研究と応用研究のバランスはどうあるべきでしょうか? これも難しい問題で、どのような集団に対してこれを言っているのかによっ て答えはもちろん違います。
 私は基礎研究と応用研究とは、食器や調理道具と料理の関係に似ているん ではないかと思っています。この場合基礎研究は食器や調理道具に、応用研 究は料理と考えています。料理を食べなければ人間は生きていけません。また 食器や調理道具がなければ料理は作って盛ることはできません。どちらも必 要なものです。食器や調理道具に合わせて新しい料理を学べば食生活も豊か になりますが、新しい料理を習得するには新しい調理道具や食器が必要に なります。
 基礎研究と応用研究もこの例えのように両方がバランスよく発展しなけれ ばいけないものだと思っています。特に大学のように学問をやるべきところ ではそのバランスがとれている必要があるのではないでしょうか。かつて日 本は応用研究に偏重するあまり、米国に「基礎研究ただ乗り」論をつきつけ られたことがありました。この真偽のほどもまた難しいのですが、少なくと も昔の日本では基礎研究と応用研究の行き来が悪く、多くのよい基礎研究が 日の目を見なかったという歴史があります。最近でも日本でみつかったMgB2 という超伝導物質の応用研究のスタートは米国の方が早かったという例があ りました。
 基礎研究と応用研究。またその研究者達は互いに互いを尊重しつつ、互い から大きなメリットをだすべきであり、それができる一番よい場所が大学な のではないでしょうか?